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Home > 赤塚不二夫さん死去の3日前になんと前妻も病死していたという悲しいニュース
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先ほどの赤塚不二夫さん死去のニュースに関連して、こちらのニュースも。
内容に感動したので、全文でご紹介します。
赤塚不二夫さん死去の3日前に前妻が病死 (YAHOO!ニュースより)
<赤塚不二夫さん死去>
赤塚さんが息を引き取る3日前、前妻登茂子さん(享年68)が病死した。2人の1人娘で、作品や版権を管理するフジオ・プロダクション社長の赤塚りえ子さん(43)が父の容体急変を聞いたのは、母の遺体の前だったという。赤塚さんの葬儀日程は前妻の葬儀終了後に決定するという。
関係者によると、登茂子さんが病死したのは先月30日。斎場の都合などで、葬儀日程がなかなか決まらなかった。赤塚さんの容体急変が病院から知らされた際、りえ子さんはひつぎのそばで、母子2人の最期の別れを惜しんでいた。母の死から3日後。ショックも覚めやらぬうちに父の死が訪れた。
登茂子さんは、情が厚く、きっぷのよい“肝っ玉母さん”として知られた。2年前に亡くなった、後妻真知子さんと赤塚さんのキューピッド役だった。腰の重い元夫に代わり、役所から婚姻届の用紙を取り寄せ、「これにサインして」と突きつけた。再婚会見の際にも「保証人」として同席して話題になった。
以前、そんな型破りな両親をみつめてきたりえ子さんに、赤塚さんの素顔について尋ねると「実はすごい常識的な人なんです」と答えた。数多いキャラクターの中で、「めんたまつながりのお巡りさん」が1番近いという。「意外かもしれないけど、性格は決して天然じゃない。ルールを分かった上で、それをわざと壊しているんです。人を喜ばせよう、楽しませようとするサービス精神が旺盛すぎるだけ。でも、度を超えると人の迷惑になっちゃう。父はいつもお酒を飲んでいたけど、飲まないと人と目を合わせられなかった」と楽しそうに笑った。
また、98年に赤塚さんが食道がんを患った直後の言葉が忘れられないという。「ある日、酔った父が『最後につじつまがあってりゃ、何やってもいいんだ』とボソッと言ったんです。それを聞いた瞬間、あっ、これがバカボンのパパの名ゼリフ『これでいいのだ』につながっていると分かった」。
登茂子さんの通夜は3日、葬儀・告別式は4日に決まった。赤塚さんの葬儀はその後、営まれる。
(引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080803-00000007-nks-ent)
あなたは想像できますか? お母さんが病死した3日後にお父さんまでもが亡くなってしまうことを…。
幸い私の両親はまだ健在ですが、こんなことが起こったら悲しみでつぶされてしまうんではないかと、一人想像して切なくなってしまいました。
父親である赤塚不二夫さんのことを「楽しそうに笑って」振り返る娘のりえ子さん、強いですね。
心の中はとてつもない悲しみでいっぱいだろうのに、人前でそれを見せない気丈な態度に、実際に会ったこともないですが、尊敬の想いが湧き、感動したので、紹介しました。
「親孝行したいときに親は(すでに死んで)いない」=風樹の嘆、という中国のことわざを高校生の最初の漢文の授業で習いました。
お互い親孝行しなきゃですねっ!
内容に感動したので、全文でご紹介します。
赤塚不二夫さん死去の3日前に前妻が病死 (YAHOO!ニュースより)
<赤塚不二夫さん死去>
赤塚さんが息を引き取る3日前、前妻登茂子さん(享年68)が病死した。2人の1人娘で、作品や版権を管理するフジオ・プロダクション社長の赤塚りえ子さん(43)が父の容体急変を聞いたのは、母の遺体の前だったという。赤塚さんの葬儀日程は前妻の葬儀終了後に決定するという。
関係者によると、登茂子さんが病死したのは先月30日。斎場の都合などで、葬儀日程がなかなか決まらなかった。赤塚さんの容体急変が病院から知らされた際、りえ子さんはひつぎのそばで、母子2人の最期の別れを惜しんでいた。母の死から3日後。ショックも覚めやらぬうちに父の死が訪れた。
登茂子さんは、情が厚く、きっぷのよい“肝っ玉母さん”として知られた。2年前に亡くなった、後妻真知子さんと赤塚さんのキューピッド役だった。腰の重い元夫に代わり、役所から婚姻届の用紙を取り寄せ、「これにサインして」と突きつけた。再婚会見の際にも「保証人」として同席して話題になった。
以前、そんな型破りな両親をみつめてきたりえ子さんに、赤塚さんの素顔について尋ねると「実はすごい常識的な人なんです」と答えた。数多いキャラクターの中で、「めんたまつながりのお巡りさん」が1番近いという。「意外かもしれないけど、性格は決して天然じゃない。ルールを分かった上で、それをわざと壊しているんです。人を喜ばせよう、楽しませようとするサービス精神が旺盛すぎるだけ。でも、度を超えると人の迷惑になっちゃう。父はいつもお酒を飲んでいたけど、飲まないと人と目を合わせられなかった」と楽しそうに笑った。
また、98年に赤塚さんが食道がんを患った直後の言葉が忘れられないという。「ある日、酔った父が『最後につじつまがあってりゃ、何やってもいいんだ』とボソッと言ったんです。それを聞いた瞬間、あっ、これがバカボンのパパの名ゼリフ『これでいいのだ』につながっていると分かった」。
登茂子さんの通夜は3日、葬儀・告別式は4日に決まった。赤塚さんの葬儀はその後、営まれる。
(引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080803-00000007-nks-ent)
あなたは想像できますか? お母さんが病死した3日後にお父さんまでもが亡くなってしまうことを…。
幸い私の両親はまだ健在ですが、こんなことが起こったら悲しみでつぶされてしまうんではないかと、一人想像して切なくなってしまいました。
父親である赤塚不二夫さんのことを「楽しそうに笑って」振り返る娘のりえ子さん、強いですね。
心の中はとてつもない悲しみでいっぱいだろうのに、人前でそれを見せない気丈な態度に、実際に会ったこともないですが、尊敬の想いが湧き、感動したので、紹介しました。
「親孝行したいときに親は(すでに死んで)いない」=風樹の嘆、という中国のことわざを高校生の最初の漢文の授業で習いました。
お互い親孝行しなきゃですねっ!
アニメ・マンガ
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【2008-08-03(Sun) 17:33:10】
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